"yarım" (やるむ) とはトルコ語で はんぶん の意味。  İstanbul と Tokyo 半々生活のふたりのおはなし。
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避難所から戻りました!
トルコもトップに近い扱いでこの日本の地震を伝えていて、
「日本へ恩返しを!」「日本を救え!」という声も挙がっているようですね。
b0197607_2054184.jpg
1999年のマルマラ大地震の時、日本が義捐金を送ったりして援助しているのを
トルコの人たちは恩義に感じてくれているようです(涙)。

 画像はトルコの新聞から。
「日本で人々は家に入れない」 と、混乱の様子を掲載。
ここから駅をメインとした写真が沢山。ここのは悲惨すぎない画像なので載せてみました。



やっと家に戻り、少し眠り、情報を得て・・・とんでもないことに
なっている事を知りました。胸が痛いです・・・。

私もビル街の人波にもまれながら歩き、一晩避難所で泊まり、
数時間かけて歩いて帰りました。
正直疲れて眠れない夜でしたが、人の痛みや苦労、優しさを知る
いいきっかけとなりました。

見ず知らずの人がカイロを下さったり、
区の方が献身的に動いて下さったり、
見ず知らずの人と話して妙な連帯感を感じたり・・・。
日本もまだまだ捨てたものじゃないなあと。

あと、友人達が心配して沢山連絡して来てくれて、励ましてくれて、
とても嬉しかった。

「今、ちゃりんここいでるんや。だいじょぶか~?」

 「夜中になにやっとるん?はよ迎えに来てや~!(笑)」

「クルクルパーか!ここから(大阪)間に合わんで!」

 「クルクルパーって!(爆)、久々に聞いたわ~」

 「そない元気やったら、大丈夫やな(笑)。
 となりに寝てるオッサン襲わんようにな」

真っ暗な真夜中の避難所で聞く皆の声が本当に
心に沁みました(笑)。


地震が起きた時、とっさに電話したのは、両親ではなく夫でした(笑)。
後になってそれに気付き「タイランと家族になったんだなあ」と、改めて
感じました(笑)。お陰様で両親も無事、大分後になって
弟も会社で一夜を過ごした事を知りました。

夫は私を迎えに来ると言い張ったのですが、身動きつかないのも
わかっていたので「絶対家にいて!そこで待ってて!」と、
クギを刺しました。

電話も、固定電話へだったら通じたものの(時々不通になった)、
携帯から携帯へは本当にダメでしたね。

やっと家に戻ったら、夫は痺れを切らした感じで私に抱きついて来ました。

「ジェイダ!良かった・・・」

 「タイラン・・・会いたかったよ(涙)」

「僕は神は信じないけど、昨日ばかりは神様に
『ジェイダを守って下さい』って祈ったよ」


幸い、夫が留守番していたわが家では、棚の上からモノが
少し落ちただけだった。


トルコの家族も凄く心配して、私の携帯にも何度も連絡をしたけど、
繋がらなかったらしい。電話をしたら、アンネもババも、もの凄く
ホッとして喜んでくれた。

「何か送るものある?でもちゃんと届くかしら?こっちへ来れる?」

どうやらアンネ達のなかでは、東北地方の壊滅的な映像が焼きついて
いるらしかった(^^;。

ババも心を痛め、日本の被災の酷い地域に義捐金を送りたいと。
皆にも呼びかけてくれると言っていた。
ありがとう、ババ。

タイランも今ヒマだから、ボランティアに行こうかなと言っていた。
言葉はどうするんだ?(^^;。
足手まといじゃない?

でもやっぱり大地震の多い国の人は、その痛みがリアルに分るんだろうな。

何度も襲ってくる激しい揺れの中で考えた事は、
いつ死んでも思い残す事がないように日々を大切にしなきゃ!ってことと、
タイランと離れたまま死にたくない!ってことだった。


疲れたけれど、帰る家も、大切な人も、そして自分の命も
失わなくて済んだことに感謝・・・。

被災された方々が、1日も早く落ち着かれますよう、
ひとりでも多くの行方不明者が、生きて見つかりますように。

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by bizim | 2011-03-12 20:26 | Tokyo'dan
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